点と線@

2018年09月

■ 余分なもの

点に大きさはありません。位置のみがあります。線に幅はありません。長さだけがあります。

古代ギリシアの人たちが踏み出した幾何学の一歩です。抽象化思考の到達点です。

余分なものを取り除くことにおいて、これを超えるものはないように思えます。

白い紙に墨で点を打てば、どんなに小さな点であっても、縦と横の幅があります。

点の範囲があり、面積があります。思考の中で、それをどんどん小さくしていくと、縦幅も横幅も究極にはゼロになります。

余分だったのです。

■ 境界のない存在

面積がなくなって、位置が残るのです。

境界がなくなっても、点は存在するのです。

範囲のない点を、内側も外側もないその存在を、想像することができるでしょうか。

この位置に点があると思ったら、どうしてもそこに点を置いてしまいます。頭の中で、点を打ってしまいます。

面積がものすごく小さいのと、面積がないのは、違います。ものすごく小さい点は、ものすごく拡大すれば、目に見える大きさになります。

目に見えるものしか信じられないという人もいますが、面積がゼロの点はどうやっても見えません。

■ 見えないもののイメージ

白い紙に墨で線を引けば、どんなに細い線であっても、幅があります。

どんどん細くすると、究極的には幅がなくなります。抽象化思考です。そこには長さが残ります。

こちらはイメージしやすかろうと。とある本に書いてありました。白い紙の上に、黒い紙を重ねてみる。白と黒の境界線に、幅はないでしょう。

あるいは、よく切れるカッターナイフで、紙にシュッと切れ目を入れてみる。その切れ目もまた線としてイメージできるでしょう。

面には、面積がありますが、これは線が無数に集まっているためと理解できます。どこかで面をカットすれば、切った端には線ができるのです。無数の線のうちの一つが表出するのです。

その線をポキッと折れば、その端には点ができます。幅のない点が無数に集まって長さになるのです。

■ 同一にして不可分

具体的な点をどこかに存在させようとすると、それは十人十色であり、百人百様です。

抽象化された点には、色もありません。影もありません。無音、無臭、気配も名残もありません。十人が打とうと、百人が置こうと、同一であるのです。

さらには不可分です。分割することはできません。

どんなに小さくても面積があれば、それを分割させられますが、面積がゼロのものを分けることはできません。

際立った抽象化思考の産物です。

情報システムを構築するとき、そのプログラミングをするとき、抽象化思考によって無駄を省くことが勧められています。プログラミングと、点と線がどのように結びつくのか。そのつながりについては、そのうちの宿題とさせていただきます。